古都奈良の文化財誕生の謎を解く 古都奈良の秘話に迫る
古都京都の文化財 登録されている十七の神社仏閣 日本独自の文化形成・国風文化
屋久島の歴史と共に息づく生命
山岳地帯で育まれた合理的な暮らし
戦乱の中に刻まれた歴史と工夫
<姫路城を支える心柱> 姫路城を支えているのが西の心柱、東の心柱の二本で高さ24.6m、根元直径95cmでそれぞれ地階から6階の床下まで延びています。 西の心柱は昭和の大修理で新しく変わったが、東の心柱は地下部分は取替えられたものの地上部は築城時のままである。以前は欠陥を持つ 建築とされた姫路城だが、三つ構造を重ねることによって生じた柱の‘ずれ’が地震時の揺れを吸収する機能であることが判明している。 <要塞機能> 池田輝政の造営時はまだ徳川政権が政治的安定に至っていない時代だった。その為、姫路城が徹底的に実戦用に造られている。壁の至るところに武具掛けがあり、火縄銃や槍などがある他、階段横には武者隠しも設けている。内曲輪の中は螺旋上に造られ天守閣は目の前に見えていながらも、大回りしなければたどり着けないようになっている。そして、天守閣まで攻め上るにも幾つもの門を潜り、折れ曲がり、時には狭い場所に閉じ込められたりする。他にも様々の仕掛けがある。例えば、狭間である。銃や弓などで ここの穴から迫ってくる相手を狙い撃ちするのである。正方形、長方形だけではなく三角形や円形まで様々でところによってはそれらを 規則正しく配列塀もある。天守と土塀合わせて約500個の狭間が残っている。穴を覗いてみると下方にいる人々の姿がよく捉えられることができる。敵の動きを観察し、撃退するのに適している場所に設置されている。