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特集II 「古都奈良の文化財」

古都奈良の文化財誕生の謎を解く
古都奈良の秘話に迫る

特集III「古都京都の文化財」

古都京都の文化財
登録されている十七の神社仏閣
日本独自の文化形成・国風文化

特集IV「屋久島の自然遺産」

屋久島の歴史と共に息づく生命

特集V 「白川・五個山の合掌造り集落」

山岳地帯で育まれた合理的な暮らし

特集VI 「姫路城」

戦乱の中に刻まれた歴史と工夫

 
 

 

特集-III 『古都京都の文化財』

日本独自の文化形成・国風文化
遣唐使の中止により我々日本人は内に目を向ける必要があったが、その結果、日本の自然や生活にあった独自の文化が生まれ、それまでとは違った価値観や美意識を獲得していった。

©Kyouto Prefecture/©JNTO
World Culture Heritage
Historic Monuments of Ancient Kyoto [古都京都の文化財]

 

国風文化がもたらした数々の影響と平安時代に誕生したもの

①[文学・竹取物語](原本は現存せず、最古の写本は安土桃山時代のものである。遅くとも10世紀半ばまでに成立した。わが国最古の作り物語と同時に初の”かな”で書かれた。源氏物語の中でも”物語の祖(おや)”と記されたいる)

②[文学・源氏物語](平安時代中期に成立した。)特徴は以前の物語と違いとても高い文学精神から出発しているからである。世界で最古の恋愛物語として多くの国に翻訳されている。

③[ひらがな、かたかな](万葉仮名を起源として成立した~800年)それまで、文字の表記は漢文体もしくは漢字の音をかりていた。これにひらがな、カタカナが加わった為、字画の多い漢字に比べて書く時間が大幅に減り、自由に表現しやすくなった。ひらがなは、漢字を崩した草書体から発生し、カタカナは、漢字(漢文訓読)の補助記号として、漢字の1部をとったものから発生した。

④[密教仏教から派生したもの]天台、真言の密教を中心に密教仏教へと変わり、加持祈祷が重んじられた。そして、この密教の伝来によって 新たな仏教美術が興った。さらに、後には神と仏が習合されるという日本独自の信仰へと変化していった。密教を背景にした建築・仏像・絵画や。唐の文化を吸収した漢文詩や書道に特徴がある。平安中期ごろより阿弥陀仏への信仰が高まり、来世に阿弥陀浄土で往生することによって幸せを得ることを祈る浄土教が盛んになった。さらに、時代は釈迦入滅後(死後)2000年が近づき、末法の世(仏の教えが廃れる時代)が到来するといわれ、戦乱や災害、疫病の流行などが末法に不安を感じさせ浄土教は急速に広まっていった。

⑤[武士]武士という階級が現れたのは、平安時代の後期10~11世紀頃です。それからの数世紀の間に武士が創りあげた生き方や価値観は、日本独自の思想といえます。 まず源氏が清和天皇を、平氏が桓武天皇を祖とするように、由緒ある武士は、皇室を祖先にもっています。皇室から分かれた貴族が、京の都を離れて地方の役職をもらい、そこで専門戦士として働くようになったのが、武士の由来です。

⑥[箸]8世紀頃から箸食の文化は一般に広がりました。そのころの箸は「折箸(おりばし)」ではなく、「唐箸(からはし)」と呼ばれる現在使われているような二本一組の箸になっていました。 素材は竹が主に使われており、「箸」という字が「竹かんむり」でできているのも、これによるものです。平安時代になると、京都の貴族から一般の庶民まで2本の箸を使うようになりました。 平安時代は貴族社会を中心に和風文化が栄えたが、裕福な地方豪族が台頭してくると中央の貴族文化が地方に伝播した。こうした流れで貴族のみ使われいた箸が一般人へと普及していった。

⑦[絵巻・物語]の発達によって、物語の一場面を巻物、冊子、扇子に書く物語絵が現れた。現在最古の物語は、平安時代の作「源氏物語絵巻」である。貴族の顔立ちは1本の線を思わせる目と 「く」の字形の鼻の「引目鉤鼻」で描かれた。『源氏物語絵巻』・『信貴山縁起』・『伴大納言絵巻』・『鳥獣人物戯画』を、日本の四大絵巻物と称される。 ・『鳥獣人物戯画』は内容は当時の世相を反映して動物や人物を戯画的に描いたもので、鳴呼絵(おこえ)に始まる戯画の集大成といえる。特にウサギ・カエル・サルなどが擬人化して描かれた甲巻が非常に有名である。 一部の場面には現在の漫画に用いられている効果に類似した手法が見られるることもあって、「日本最古の漫画」とも称される。

⑧[茶園]中国より持ち帰った種子を佐賀県脊振山(せぶりさん)に植えたのが始まりだといわれています。 その後、京都の明恵上人(みょうえじょうにん)が栄西より種子を譲り受け、京都栂尾(とがのお)に蒔き、宇治茶の基礎をつくるとともに全国に広めていきました。 1200年明恵上人が高山寺に茶を植える。鎌倉時代初期に栄西禅師が宋から茶種をもって帰国し、明恵上人に贈った。明恵上人はこれを栂尾山に植え、その後、宇治その他の土地に移し植えられたという。 以来、栂尾は茶の発祥地とされ鎌倉時代後期~室町時代には日本第一の産地となり、毎年天皇にも献上されていたといわれている。

⑨[家紋]平安中期になると、衣服や調度、牛にひかせた乗車の牛車などに自分好みの図柄を用い、他人と区別するようになった。ここから紋章が発生し、家紋を用いるようになった。 家紋は現在も使われており、和服に門を刺繍する紋所や墓所、幕、提灯などに広く使用されている。

⑩[建築]平安京内の造寺は出来ませんでしたが京外は一切お構いなしでした。それがかえっ て山岳寺院が多くなり、現在の京都人気に繋がります。 前代の平地の都市 伽藍より山岳寺院の方が自然に抱かれた堂塔伽藍となり、日本人好みの眺めとなるからです。平地なので七堂伽藍が形成できますが山間では地形の制約があり、 僅かな平地の利用または傾斜地を切り開いて平地を造成し堂宇を建立いたしました。そうなると当然、回廊、築地塀の必要性が無くなりました。大陸文化を吸収したのが天平時代、 大陸文化を咀嚼して国風化したのが平安時代であり和様建築が完成いたしました。平安時代での300年の鎖国時代我が国の風土、趣向を取り入れた建物の内部装飾は見事に花が開きました。 引違戸、蔀戸、舞良戸、格子戸、明り障子などが考えられ、これらの発明は自然を意識したものであります。特に、引違戸は簡単に取り外しが出来、その戸を取り外すことによって建物は屋根、柱、床だけになりました。 このような構造が室内に自然の景色を取り込むことが可能となり、自然と親しむ日本人な らではの発明でしょう。しかし一方、躯体構造は進歩がありませんでしたのは外部構造には興味がなかったからでしょう。 しかし、外部意匠は「平等院鳳凰堂」のような繊細な美しさを持つ見事なものを造り上げました。

国風文化とは

飛鳥・奈良時代とわが国は唐から多大な文化を習いそして吸収していった。しかし唐帝国の衰微や周辺諸国の中国圏からの自立等の状況が重なり 菅原道真の建議で遣唐使が中止した。その結果、大陸文化の影響が少なくなり、10世紀初期にかけて様々な部門で日本独自の文化が発展していった。 他にも、古今和歌集・枕草子・土佐日記・伊勢物語・更級日記・倭名類聚抄などの文学作品や法界寺、醍醐寺など建築物が国風文化の 影響を受けている。

三週にわたり京都の世界遺産をご紹介してまいりました。世界遺産でだけではなく‘古都京都’自体が世界に 知られているのは言うまでもないく我々日本人の文化の故郷と言っても過言ではないと思います。そして社団法人日本ユネスコ協会連盟には こう記されております‘‘世界遺産とは、地球の生成と人類の歴史によって生み出され、過去から引き継がれた貴重なたからものです。’’ 我々ができることは‘過去から引き継がれた貴重なたからもの’を未来の世代の人たちに確実に残して いく事ではないだろうか。

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平安神宮
南禅寺
永観堂
永観堂
永観堂
 
Link [リンク]
Kyoto Tourist Information [京都府観光連盟]
世界遺産「古都京都の文化財(京都市・宇治市・大津市)」
2008年G8サミット外相会合 [2008 G8 Foreign Ministers Meeting]
UNESCO World Heritage Centre [ユネスコ本部]
Wikipedia [ウィキペディア]
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