古都奈良の文化財誕生の謎を解く 古都奈良の秘話に迫る
古都京都の文化財 登録されている十七の神社仏閣 日本独自の文化形成・国風文化
屋久島の歴史と共に息づく生命
山岳地帯で育まれた合理的な暮らし
戦乱の中に刻まれた歴史と工夫
粟が多く収穫された事から、令制国では阿波国(あわのくに)と呼ばれていた。吉野川や四国山地、紀伊水道をはじめとする自然が多く残っており、鳴門の渦潮や祖谷渓、大歩危・小歩危などの観光資源を有する。農作物の生産も盛んであり、その多くが近畿地方へ出荷されている。近畿地方への野菜や果物の出荷高は、徳島県産が占める割合が全国一高い。 県北部の徳島平野を除いては全体的に山地の多い地形で、特に徳島平野以南に峙える四国山地は、西日本でも有数の険しい山岳地帯となっている。この山々は昔から現在に至るまで徳島県内の物流や交流の大きな障害となって来た。その一方で、山間部からは吉野川、勝浦川、那賀川など、水量の豊富な河川が多数流れ出しており、豊かな水資源をもたらしてくれている。河川が少なく水不足に陥りやすい隣の香川県とは対照的であるが、逆に治水に長年悩まされている。また那賀川下流域ではほぼ毎夏、工業用水などの渇水が深刻化している。気候は県内のほぼ全ての地域が太平洋岸式気候のエリアに属し、温暖多雨であるが、吉野川以北の一部地域では瀬戸内海式気候に属するエリアも存在する。県内では京阪神との繋がりが最も深い地域であり、近畿圏の一部として扱われる場合もある。その一方で、四国他県や中国地方との繋がりは浅く、言葉や方言なども含め、ほぼ完全な近畿志向の地域となっている。政経両面において、近畿の一員として扱われることも珍しくない。大阪市の民放各局のニュース番組では、困惑を招かぬよう「近畿と徳島」という表現がなされている。