古都奈良の文化財誕生の謎を解く 古都奈良の秘話に迫る
古都京都の文化財 登録されている十七の神社仏閣 日本独自の文化形成・国風文化
屋久島の歴史と共に息づく生命
山岳地帯で育まれた合理的な暮らし
戦乱の中に刻まれた歴史と工夫
県庁所在地は松江市。隠岐島と竹島も含まれる。旧国名は出雲と石見、隠岐である。東部(出雲)地域は経済圏・文化圏が鳥取県中西部(伯耆、特に米子市、境港市)に近い為、一緒にして「宍道湖・中海地域」という扱いをされる事もある。(例:雲伯、雲伯方言等)西部(石見)は経済圏・文化圏が山口県、広島県(特に広島市)と近く、交流も深い。 島根県東部の出雲国は神話で非常に有名な地域である。この地域を本拠としていた大国主命は広大な領域を治めたという。こうした神話は今では信憑性が疑われるところだが、彼を祀った出雲大社もあり、この地に巨大な支配者が居たのは確かと思われる。 鎌倉期に隠岐は後鳥羽上皇・後醍醐天皇の二人の流罪地となった。一人は当地で死に、一人は帰国したが、これが京文化の伝播につながり、明治維新期の隠岐騒動に結びついたとも言われる。 室町期は京極佐々木氏がこの地の守護大名となった。この京極氏を追放し、守護代尼子経久が戦国大名として出雲を支配。中国地方一帯に覇を唱えた。石見国は当国内に存在する石見銀山をめぐって争奪戦が展開された。